思考実験 「幸せとは」
辛い内容の投稿があり、それに対して「負けるな、あなたは幸せになる為に生きてる」旨のコメントを見た。それを見て、また私の中で思考実験が始まった。
このコメント主の主旨は「今は辛いけど、またいつか笑える日が来る」という意味だろう。では辛い=不幸で、楽しい=幸せということでいいのだろうか?(因みにこの方の意見を否定する意図が無いことだけは最初に伝えておきたい)
私は病により働けなくなり、職を始め多くのものを失った時期がある。自暴自棄になり、厭世主義者になった事は言うまでもない。
そんな折「この今を泣き笑いしながら生き、人生の意味を知る。こんな幸せはない」と書かれた哲学者の本を読んだが、何故悲しい出来事に遭遇することが幸せなのか、理解できなかった。
数年後、病が治りつつある時期、自宅療養する日々に退屈を覚え始めるようになった。病魔が蝕んでいた頃は、自宅療養で退屈だと思った事は一度もなかったのに……だ。この不思議な感覚は今でも忘れられない。
この退屈な日々を過ごす頃、何となくボンヤリと思うようになったのが「暇潰し」だ。人生は死ぬときまでの暇潰しではないか、と。
「人生は暇潰し」とネット検索したら、同じようなことを考えている人がいて、その人が書いた本がある事を知り、早速購入。
衝撃だった。
私たちの言う「幸せとは?」を突き詰めると、こうなるのか!と。
「あなたにとって幸せとは?」と尋ねられたら、どう答えるか?
(カネ)経済的裕福か?
(ヒト)家族との時間か?
(モノ)コレクションを眺めることか?
この本では、次にこう問われる。
「では、あなたが全知全能の神だとして、その願いが全て叶えられたとき、どういう心理状況になるか考えてみよ」と。
カネを使っても使っても沸いてきて困る事は無い。欲しい物は全て買った。家族と旅行も飽きるほど行った。人生が退屈になり、面白くないものになるだろう。そう。全てが上手くいくと面白くないのだ。上手くいかないから人生は面白い。人間とは何と贅沢な生き物か。
この本を読んで「私達は、幸せになりたいのではなく、いずれ幸せになるのでもなく、今すでに幸せなのだ」と悟った。そして「人生最大の不幸は退屈である」ことも。この2つの結論を集約して「人生は暇潰し」である、と。
この境地を確信したとき、私の「生きる」は少し楽になった。