鬱なのにクレーム対応やってまして(鬱クレ)

うつ病なのにクレーム対応をやってる人の日常(タイトル通り笑)

その言葉はおいくらですか?

ガラケーなんてもう古い。今やスマホが当たり前。

格安SIMが登場し、通話は月500回まで無料で、私たちは安く、手軽にコミュニケーションを取れるようになったが、その手軽さで私たちは何を伝えているだろうか?

 

本来、言葉というものは力があるものだ。

言葉一つで国家さえも動くことがある。

 

かくいう私も、言葉の力で生かされた者の一人だ。 

国立大学病院の精神科に連れて行かれ、最初に主治医となる人と会ったとき

「あなたは、うつ病です。ですが、あなたのうつ病は私が必ず治します」

「だから、早まったことだけはしないよう、私と約束してください」

そう言って、小指を差し出された。

当時、自死を決意していた私は、持ち上げることさえ億劫だった小指を差し出し

ーこの人についていけば、この苦しみは何とかなるかもしれない

ーもし、この人でもダメだったら、そのとき死ねばいい

ー死ぬのはそれからでも遅くない

と思いながら力のない指切りげんまんをしたことを昨日のことのように覚えている。

 

「あなたのうつ病は私が必ず治す」

絶望の淵にいる、うつ病患者にとって、こんなに力強い言葉は他にあるだろうか。

もし初診のとき、主治医が

うつ病に完治は無いんです。寛解と言って、一時的あるいは継続的に軽減しても再発するかもしれないんです」

こんなことを言ったら、自死を決意していた私は間違いなく死んでいたであろう。

 

こちらの記事でも書いたが 

storagedrop.hatenablog.com

 私は『寛解』という言葉が好きではない。

「再発はしやすいが、必ず治る」と言ってもらった方が、希望が持てるではないか。

いつか完治したときには「次こそ再発させないように頑張ろう」と思えるではないか。

 

言葉には力があり、人を生かすことも殺すこともできる。

私を絶望の淵から救ってくれた 主治医の言葉には、やはり値段をつけることができそうにない。